手段としての英語

結局予備校に通うこともなく第一志望の短大に入学。それからの2年間は本当によく勉強しました。入学初日のオリエンテーションで、「目指すレベルは英語で日常会話を出来ることではなく、英語でディスカッションが出来、自分の意見を言えるようにすること」と聞かされたのが衝撃でした。例えば、「PKOの派遣についてどう思うか」というようなことを言えるようにすること。つまり英語力だけでなく、英語で何を伝えられるかという事が大事だと言うわけです。

2年間の授業を通じて、リスニング、リーディング、スピーキング、ライティングといった4技能を上げていきながら、「英語を学ぶ」から「英語で学ぶ」へと移行していきます。英語で時事問題について学び、それについて意見を交わし、レポートを書く。英語の習得を目的とするのではなく、英語を手段としてどう使っていくか。授業では受け身ではなく主体的に参加していくことが求められました。

そういった環境の中で授業を受けることで、英語力だけでなく、主体的に学習に取り組む姿勢も身につきました。その後色んな人から「帰国子女っぽい」と言われるのは、多分そんなバックグラウンドがあるからではないかなと思います。

この短大での2年間が、今の私の英語力のベースになっていると思います。そして、人間形成にも大きく影響を与えたのは間違いない。その後就職し講師の仕事に就き、さらに英語力を高めていったわけですが、まずスタートとしてこの短大時代の学びがあります。音声学の授業が象徴するように、決して順風満帆ではありませんでしたが、クラスの帰国子女たちに負けまいと、必死に勉強する日々。それは時に苦しくもありましたが、充実した日々でもありました。そして、「留学しなくても、日本で英語を身につけてみせる」と決意したのもこの頃であったと思います。

わたしの英語学習法

学生時代から現在まで20年以上にわたる英語学習の軌跡。今も現在進行形で学習中。

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